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歴史特集
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艦長の皆さん!

かつて幻に終わった天城型巡洋戦艦三番艦『愛鷹』が、近日 World of Warships の新艦艇としてデビューを果たします!

今回はこの幻の巡洋戦艦『愛鷹』の歴史を Wargaming ミリタリーアドバイザー『宮永忠将』が綴りました。是非ご覧ください!

巡洋戦艦 愛鷹

日本帝国海軍の巡洋戦艦「愛鷹」。1920年代に建造が始まった天城型巡洋戦艦の3番艦として計画されていたこの船は、なかなか複雑な歴史を持っている。

第1次世界大戦中に建造が始まった長門型戦艦に続き、新型戦艦および巡洋戦艦の開発計画が動き出した。これが加賀型戦艦と天城型巡洋戦艦である。ユトランド沖海戦で判明した戦訓を元に設計されることから、長門型とは一線を画する新型戦間として期待されていた。

実際には、優先して設計されたのは加賀型戦艦の方であった。 この二種類の戦艦は決戦海域で協同して戦うと想定されていたため、先に戦艦の設計が決める必要があったのだ。しかし用兵側と軍令側の主張の隔たりが大きく、1918年3月に入り、ようやくA127案をベースとして加賀型戦艦の設計案がまとまった。

これを受けて、天城型巡洋戦艦については、その2か月後から具体的な開発研究が始まった。当初、計画案には32ノット案と30ノット案の2種類が存在していた。前者は速度優先で、装甲をほとんど無くして35ノットが発揮可能という派生案まであったが、最終的には後者の30ノット案が選択された。天城型巡洋戦艦の主砲は長門型と同じ45口径三年式41cm砲を連装にして、5基10門搭載している。長門型より1基2門分、強化された形だ。

ただ、これだけの主砲を搭載しながら、30ノットの高速を両立しようとした結果、艦内のスペースが不足した。これを解決するため、天城型は平甲板型にして、さらに艦中央部に大型の船楼を設けた。日本戦艦としては珍しい外見である。

さらに目を惹くのが、4本の煙突をアーチ状にして1本にまとめた独特の煙突形状だ。実は長い間、天城型巡洋戦艦の煙突は、前後2本になるものと信じられていた。しかし近年、1921年9月10日に製図した図面が発見されたことで、この特異な集合煙突の姿であることが確認された。したがって、World of Warships の「愛鷹」は、天城型戦艦の完成直後の姿と性能を忠実に反映した軍艦と位置づけられるのである。

「愛鷹」については、いくつか補足が必要だ。史実の天城型巡洋戦艦については、建造中にワシントン海軍軍縮条約が締結されたことにより建造中止となり、うち2隻は(天城と赤城)が航空母艦に改装されることになった。三菱長崎造船所で起工したばかりの「愛鷹」は破棄され、4番艦の「愛宕」は未起工であった。

より厳密には、3番艦「愛鷹」の名称は、計画案の時点で「高雄」に変えられてしまったている。したがって、ネットなどでいくら検索しても、「愛鷹」の名ではほとんど情報が出てこない。加えて計画が破棄された結果、高雄と愛宕の名前は後に重巡洋艦に流用されてしまったので、いっそうわかりにくくなっている。

日本の巡洋戦艦と重巡洋艦は、有名な国内の山の名前に由来する。もし貴方が日本に来て、東京から大阪方面に向かう新幹線に乗ったとすれば、運が良ければやがて進行方向の右手に富士山を望むことができるだろう。これを最初に隠してしまう大きな山こそが、愛鷹山である。

富士山の右側にある山塊が「愛鷹山」、古い活火山である。

 

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